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AI2000が一段落したところで、私とプログラミングについて語ってみたいと思います。 かなり昔にさかのぼってしまいますが、私が生まれたのが1978年、ちょうどインベーダーブームだった頃です。 まぁ生まれたばかりの人間がビデオゲームなんてするわけないので、私がゲームに触れるのは少し先になりますが、 私の記憶にあるのは「猫にゃんにゃん」というゲームウォッチ(任天堂の商標?)と、パックマン(エポック社だったかなぁ)と、正真正銘ゲームウォッチのお手玉ゲームみたいなの(ゲームボーイギャラリーに入っているやつ)の3種類です。 こういうのから始まって、1983年(84年かも)には我が家にファミリーコンピュータなるゲーム機がやってきます。 当時まだ四角ボタンコントローラだった頃、ボタンがとれるくらい兄弟でゲームやってた気がします。 そういう経緯があって、小さい頃はゲームのプログラマになりたいと思っていた頃もありました。 が、当時はファミリーベーシックが精一杯でしたし、小学生の私には英語で作らなければいけないというのが大きな壁になり、結局兄がファミリーベーシックのバイオリズム判断かそういうので遊んでいるのを手をくわえて見ているだけでした。 そんなこんなで中学生も終わりに近づいた頃、学校にFM-TOWNSが導入される事になります。 田舎の学校という事もあってか情報技術にたけた先生がおらず、技術家庭の時間はほとんどの人が CD-ROMに付属のゲーム(チクタクバンバンみたいにボールが上手く転がるようにするパズル)とか、何故か百人一首があったので、そういうので遊んでいましたね。 でも私は「パソコンはプログラミングが醍醐味だよね」とマイコンBASICマガジンにて変な知識があったので、とりあえず「はじめてのパソコン」か何か漫画のやつを買ってきて基本的な仕組みをうろ覚えし、何故かF-BASICがあったので、マイコンBASICマガジンに掲載のソフトを入れてみたりしてました。でも動かなかったので何でだろうなぁ、と思いながら卒業してしまった経緯があります。 そういう私でしたので、もちろん高校は情報技術を取り扱う工業高校に行きました。 入学式の時に「情報2種はとりたいか」という質問に、私は「どーでもいい」と答えたような気がします。 まぁそのとき「情報2種ってどんなんやねん」と思っていた、というのもありますが(ちなみに情報2種は在学中に取得しました)。 で、数日後にポケコン(シャープ PC-G815)を配られてBASICが使える事を知り、早速プログラミングしようとしましたが、今までやった事ないし授業も少しずつしか進まないので、独学でやらなあかんと決意。 帰り道、途中下車して書店に立ち寄った所、工学社「ポケコンジャーナル」なる本(しかも何故か月刊誌なのに2ヶ月くらい前の)を発見し、購入しました。 さすがにポケコンの本ってほとんど無かったので唯一の救いでしたね。今では休刊になってますが。 というわけで年間購読を申し込み、掲載プログラムを打ち込んでは遊んでた日々が続きます。 途中、PC-G815の画面の狭さとプログラム数の少なさから「PC-E650」を購入しました。 ほんでもって、メモリ増設してみたり、リアルタイムクロック付けてみたり、倍速クロック付けてみたりと、ハード面でも強化を図りゲームに明け暮れる日々が続きます。そうこうしているうちに、BASICについての知識が豊富になり、ちょうどゲームセンターのメダルゲームでおもしろいのがあったので、作ってみよう、という事になります。それがダウンロードエリアで公開している「FLASH PANELS」です。 ![]() 「FLASH PANELS」 これがポケコンジャーナルに掲載され、原稿料を貰って味をしめた私は、調子に乗って競馬ゲーム「FASTEST HORSE」を作ります。これまた掲載されたんですが、この頃に休刊になってしまいました。 ![]() 「FASTEST HORSE」 高校3年の時、課題(卒業)研究という事で、C言語でプログラムを作る事になりました。 内容は何でも良かったので、とりあえず当時ブームになりかけていた3Dのソフトにチャレンジしようと、学校にあった三次元についての本を読んだ所、非常に難しい!わたしゃ数学は苦手なのでさっぱりわからん。つー事で、ベーマガでワイヤーフレームのゲームが載っていたのでそれを元に雛形を作りました。が、友人にとられたので、私は別のソフトを作る事にしました。 そこで、当時N88-日本語BASICで作っていた「通信料金計算 for 秀Term」をC言語に移植する事にしました。 学校には"Turbo C"がありましたが、非常に使いにくかったので、"LSI C-86"にて作りました。 そうそう、書き忘れましたが、私は高校2年の夏に「NEC PC-9821Cb2/T」を買っています。 作ったソフトは、やはり公開したくなるもので、草の根BBSやPC-VANなどに登録していました。 その時に「通信料金計算 for Multi」という名称になっており、アドバンスドシステム(メールウェアみたいなもの)にしていたため、少しユーザーさんの意見をいただく事が出来ました。いろいろやってるうちに「通信料金計算(Access Information)」という名前になりました。このソフトのソースはダウンロードエリアから入手出来ますが、かなり稚拙です。 DOSとWindows95の両方を使うようになり、Windows版「Access Information for Windows」の制作も行うようになりました。 これもソースは入手出来ます。が、WindowsソフトはDOSの作り方と結構違うので非常にとまどいながら作っています。ので稚拙です。それを作り直したのが「Access Information 98」です。これまたソースが入手出来ます。かなりレベルアップしているのが分かりますが、でもやっぱり稚拙です。AI98は、メモリを結構使うのと、いろいろ不都合が生じてきたので、昨年9月にAI2000の開発をスタートしました。そして先日、やっとのことでリリースする事が出来ました。AI2000のコピーライトが1996-1999なのは、こういう歴史があるからなんですねぇ。 AI2000は「ワースウェア」という特殊な形態をとっています。開発当初、私自身AI98を使っていなかったので、完全な「売り物」を目指して作りましたが、結局途中で挫折して今のようなシェアウェアになりきれないソフトに仕上がってしまいました。私がシェアウェアが嫌いなので、というのもありますが・・・。 というわけで、BASIC→Cとやってきたわけなんですが、今はCだけしか使えません。今後開発予定のソフトが3本ほど(うち移植2本)あるので、お気に召す場合は使っていただけると嬉しいです。 |